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安中新田会所跡旧植田家住宅

Author:安中新田会所跡旧植田家住宅

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英雄の横顔

2012.07.01 13:22|未分類
さて、雨で湿気が多い中、今日も展示準備をすすめてます。
湿気で紙がヘロヘロになっていて、両面印刷しようとするとプリンタに詰まります(^^;)
除湿かけたいところですけど、とりあえずは節電で…

さて、前回のブログでも書いたように、今回の展示物の中には、幕末の有名人のものが何点か含まれています。
その中に木戸孝允(桂小五郎)の書いた扁額があります。
落款から明治10年の作とわかります。
実はこれ、木戸が亡くなった年に制作されたものです。
司馬遼太郎の小説では、剣豪でありながら「逃げの小五郎」として幕末期を生き残るという、やや不名誉な役割を負わされてしまっている木戸孝允ですが、西郷隆盛・大久保利通とともに、維新三傑とよばれる英雄の一人です。

明治に入ってからは、文明開化を推し進め、封建的な制度の解体に力をそそいた木戸は、新時代に入ってもいろいろと悩みが尽きず、ノイローゼになっていたといわれています。
結局、45歳という若さでこの世を去るわけですが、死に際の言葉も「西郷、ええ加減にせえ」だったとか。
(なんかちょっとできすぎた話のように思えますが・・・)

さて、今日はたったひとつの扁額という、証拠と言うにはあまりにも心もとない資料をもとに、そういう説にちょっとだけ異論を唱えてみたいと思います。
ちなみに、今回の展示に出ている木戸の作品はこれです。

冷淡生涯

右から「冷淡生涯」と書かれています。
これ、「れいたんしょうがい」と読むのではなく「れいたんせいがい」と読むのだそうですが、意味は「冷淡な人生(生涯)」ではなく、「あっさりとして執着心がない身の上のこと」とあります。
亡くなった年にこれを書いているということは、実は木戸はもうやり残したことはないと思っていたか、諦観の域に達していたのではないかと思えます。

そして、この年は西南戦争が勃発した年でもあります。
そうなると、死に際の言葉も、悩みから出たものではなく、西郷の行動に理解を示した上で…ということだったのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

またものすごく雨が強くなってきました・・・
うーん・・・明日にはやんでくれないと困るなぁ。


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